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秋田地方裁判所 平成3年(ヨ)74号 決定 1991年12月16日

債権者

鈴木幸子

右代理人弁護士

虻川高範

沼田敏明

債務者

医療法人三愛会

右代表者理事長

豊田堯

右代理人弁護士

西岡光子

豊口祐一

主文

一  債権者が、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成三年一〇月以降本案判決確定に至るまで毎月二七日限り金一五万七六三〇円を支払え。

三  申請費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

主文同旨

二  債務者

1  債権者の申請をいずれも却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

第二事案の概要

一1  債務者は老人保健施設「悠久荘」を経営しているものである。悠久荘は、平成二年三月に開設され、歩行困難等で自立できない老人、中程度以上の痴呆性老人が入居し、これらの老人に対しリハビリテーションを中心に医療、看護、介護を行っている。

同施設は施設長、看護婦、介護、給食、事務、作業療法士、相談員などの職員で構成されており、平成二年七月以降、施設長、事務長、婦長、主任、副主任のライン制が設けられ、職員はその指揮命令系統のもと仕事に従事することになっている。

2  債権者は、平成二年三月六日、債務者に雇用され、以後後記解雇されるまで悠久荘において介護の職に従事していたものである。

債権者の賃金は、毎月二〇日〆、二七日支払いとなっており、後記解雇前三ケ月間の平均賃金は一五万七六三〇円である。

3  債権者は、平成三年九月二日、普通解雇された(以下「本件解雇」という。)。

債務者の主張する解雇事由は、別紙「答弁書」(略)と題する書面記載のとおりであるが、要するに債権者は入居者の安全確保のための取り決め事項を遵守せず、そのことについて反省の態度もなく、悠久荘の職員としての適格性に欠けると判断し解雇したというものである。

これに対する債権者の認否、反論は別紙「準備書面(一)」(略)と題する書面記載のとおりである。

二  争点

1  被保全権利について

一 債権者の行状の認定

二 右一で認定された事実により解雇することが、解雇権の濫用といえるかどうか。

2  保全の必要性

第三争点に対する判断

一  債権者の行状の認定

1  債権者は、職員同士の会話の中で上司ないし同僚の悪口や施設に対する不満を述べることがあり、これに嫌悪を感ずる職員もいた(証拠略)。

2  看護婦の指示に対し、即座に応じないことがあった(証拠略)。

3  夜間、入居者の挙動に変わった点があったら直ちに当直の看護婦に報告することになっていたところ、平成三年一月二二日の真夜中入居者の一人が徘徊していたことを当日の午後八時四五分からの申し送りのときになって初めて報告をした(証拠略)。

4  入居者の食事終了後の帰室については、順次介助しながら誘導する旨の申し合わせがあったが、平成三年七月三〇日の朝食の際、債権者他二名は、食事の後片づけを優先したため、入居者がエレベーター前に滞留し入居者から不満、抗議の声があがった(証拠略)。

5  入居者から物品を貰うことは禁じられているところ、債権者は、脳血管性痴呆と診断されている入居者からメロンを貰った(証拠略)。

6  その他、看護部長を通さず備品等を注文する(乙四)、指定されたナースシューズ以外のサンダルを履いた(乙六)、職員の休憩は一階食堂のソファーと決められ、みだりに他の部屋に入ったりすることができないことになっているところ、債権者は、平成二年八月、三階の研究室で椅子を並べてそこに横になり休息をとっていた(証拠略)などの行為が見られた。

二  前記認定のとおり、債権者にも反省ないし改悛すべき点があることは否めない。しかしながら、悠久荘は自助能力のないもしくは痴呆性老人の看護介護をその職務とすることから、入居者の生命、健康を守るため通常の企業に比べより密接な職員同士の協力関係、職制及び規律の遵守が要求されるという本件における特殊な事情を考慮しても、前記認定した債権者の行状の程度と本件解雇処分の間には、個々的にみても、全体的にみても著しい不均衡があり、本件解雇は解雇権の濫用として無効というほかない。

詳論すれば、前記一2ないし4の行為は、入居者の生命、身体の安全の確保等のため設けられた規則ないし申し合わせ事項に違反したもので、軽微な非違行為とはいえないことは確かである。しかしながら、右行為はそれぞれ一回限りのもので(少なくとも継続的であったとの疎明はない。)、債権者の右行為により現実に何らかの問題が生じたわけではない。看護婦の指示に即座に従わないとの点も他の仕事があったため即座に指示に従うことができなかった場合もあり(証拠略)、少なくとも看護婦の指示を全く無視したわけではない。申し合わせ事項についても、甲五及び七の四によれば、果たしてどの程度その徹底厳守が図られていたのか疑問があり、前記一の4の行為については、厨房から食事の片付けを早くしてほしいと要請されていたとの事情もあり(証拠略)、一方対入居者との関係では何ら問題はなかったことが認められる(債務者代表者の供述)。反省の態度がないとの点も、解雇なされる直前に二回債権者との話し合いがなされたことを除けば、個別に債権者に対し厳重な注意がなされたことはなく(債務者代表者の供述)、(証拠略)によれば右話し合いも果たして十分になされたものか疑問があり、そもそも債権者に対し十分な反省の機会が与えられていたものとは認められない。また、債権者の行為に問題があるというのであれば債務者の就業規則では戒告等の懲戒処分が定められているのであるから(証拠略)、このような手段をもってまず債権者に反省の機会を与えるのが筋合いである。以上の点を考慮すれば、債権者の右行為に対し、解雇という過酷な手段をもって望(ママ)むには著しく均衡を失するものと言わざるを得ない。

また、前記一1認定のとおり、上司ないし同僚または施設について批判ないし中傷めいた言葉があり、これにより、嫌悪を感ずる職員がいたにしても、それは往々にして見受けられる同僚同士の間でかわされる日常会話の域を出ないものであって、債権者の言動がこれを越えるすこぶる非常識なものであったとまでは認められず、これにより入居者に不安を感じさせた、職員同士の協力関係が壊れ業務に影響を与えたなどの事実も認められず、解雇をもって望(ママ)まなければならないほどの事由には当たらない。

その他前記一の5で認定した行為は規則違反といえば規則違反であるが、極めて軽微なもので、解雇事由となし得ないことは多言を要しないところである。

以上のとおり、本件解雇は解雇権の濫用として無効なものと言わざるを得ず、債権者は依然債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にある。

三  (証拠略)によれば、債権者には配偶者がなく、同居している子供は働いているとしても、債権者の収入がとだえれば、債権者の生活は困窮を来すことは明らかであるから、保全の必要性も認められる。

四  よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 川本清巌)

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